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ラボコラム

再生医療コンツェルト(小森園亮 特定助教)

RNAウイルス分野にいながら、僕は再生医療の研究をしている。一見関係ないように感じるが、ウイルス学から発展した「ウイルスベクター技術」は再生医療、ひいては生命科学分野全体において必須のツールとなっている。僕は朝長研が独自に開発したウイルスベクター「REVec」とiPS細胞や間葉系幹細胞などの「幹細胞」を足掛かりに、疾患を根本的に治癒する細胞治療薬を開発している。朝長研にいる他のみなさんと少し違うのは、技術の事業化(創薬ベンチャーの起業)を目指していること、大学以外の企業や機関の方と関わることが多いこと、ビジネスや法規制に関する研究以外の知識が必要なこと、なにより「それで患者さんを救うことができるのか、社会が変わるのか」を徹底的に問い詰める(もしくは問い詰められる)必要があることかな、と思う。そんな僕が、今回は生意気にも研究や事業化活動を通して感じた再生医療研究の難しさと、医薬品開発における大学の役割について紹介したい。

さて、そもそもの疑問として、大学で医薬品を作ることはできるだろうか?残念ながら答えは「No」である。医薬品の承認機関であるFDAやPMDA等の規制に準拠した製造施設で調製された製剤のみが上市・販売を認可されるため(1)、この設備が整っていない大学では医薬品をそもそも作ることができない。では大学で医薬品を「開発」することはできるだろうか?実はこれも「No」である。意外に思うかもしれないが、医薬品の実用化までには適切な手順と規定に沿った非臨床試験が必須であり、この大半は大学で実施することはできない(2)。大学の研究成果を実用化する場合、外部と連携しながら非臨床試験・製造・臨床試験・承認審査を全てクリアして初めて医薬品となる。この過程で(3)、製薬企業・製造受託機関(CDMO)・病院・ベンチャーキャピタル・弁護士弁理士・政府機関など多くの方との連携が必要となることは想像に難くない。そのため、厳密にいえば大学で医薬品を開発することはできず、企業や外部機関の力に頼って初めて医薬品開発がスタートとなる。

第22回日本再生医療学会会場の入り口。大学だけでなく、ベンチャーや企業のブースが数多くあり、参加者数は3000人以上だった。再生医療の盛り上がりを肌で感じた良い機会だった。若い方も思っていたよりかなり多く、今後の発展も楽しみだ。

では、創薬研究における大学の役割は何だろうか?あくまで個人的な考えだが、基礎研究をもとにした「エビデンスの提供」と、大小問わない「技術シーズの提供」の2点だと思う。さまざまな学術分野をバックグランドにもつ大学では、多角的なアプローチによる検証や最先端の解析法を用いた薬効の実証が可能であるため、なぜ病気になるのか?なぜ薬が効くのか?という疑問に答え、そこからさらに薬を改良することができる。また、基礎研究を重ねた結果、医薬品のプロトタイプやプラットフォームとなった例は多くある(松郷先生のエッセイを参照してほしい)。朝長研が開発したウイルスベクター「REVec」もこの例にあたるだろう。近年承認された医薬品の多くは大学またはベンチャーがオリジネーターであることから、幅広い基礎研究が土台となり創薬研究が進展していることは言うまでもない。

近年承認された希少疾患に対する医薬品のオリジネーター(技術の開発元)の割合を示している。その多くはベンチャーや大学であり、大手メガファーマも共同開発することでパイプランを増やしている。新型コロナウイルスで話題となったmRNAワクチンも大元はベンチャーの技術であった。

このようにして、創薬、特に再生医療分野では基礎研究から上市までに多くのプロフェッショナルが1つになり、同じ目標に向かって開発を進めている。いわば、オーケストラのように個々の楽器を手にし、決して1人ではできないコンツェルト(協奏曲)を一斉に奏でている。そのためには、過去の楽曲を背景に、厳密にデザインされた楽譜のもと、お互いの音を聞きながら、常に息を吹きこみ続けなければならない。もちろん、指揮者は患者さんとそのご家族である。

正直言うとかなり大変だ。時間も資金も場所も人も限られているし、なんなら自分の知識や経験もたりない。だが、情熱はある(4)。今後ますます発展していく再生医療に少しでも貢献したい。

脚注

1.       Good Manufacturing PracticeGMP)と呼ばれる。ただし例外もある。大阪大学医学部付属病院MTRなど、近年アカデミアもGMP準拠の製造施設を整備しつつあるが、これは非常に稀な例である。

2.       Good Laboratory PracticeGLP)と呼ばれる。外部に委託し、規定に則った信頼性のあるデータの確保やレポートを作成しなければならない。

3.       医薬品1つを実用化するまでに必要な期間は15年、資金は500億、成功確率は1/25,000~1/30,000とされている。

4.       ファンである 「たりないふたり」 より引用。