基礎研究の面白さ(松郷宙倫 助教)
2020年にノーベル化学賞を受賞した「CRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)」をご存じですか?細菌が有している外来DNAの排除に関わる獲得免疫機構の一部をゲノム編集に応用した新技術なのですが、実は、この技術は最初からゲノム編集を目的としていたわけではなく、もともとは細菌のDNAを調べる基礎研究から偶然生まれたものでした。
私にも似た経験があり、あるウイルスの増殖性について調べていた研究が、思わぬ発見に繋がったことがあります。
増殖性の異なる2つのウイルスがあり、最初は「アミノ酸の変異と増殖性が相関する」という仮説を立てて実験を進めていました。しかし実際はその仮説通りにはならず、仮説と異なる条件で増殖性が変化したことがありました。さらに調べていくと、別の未知の遺伝子の存在が明らかになったのです。
このように「予測していない方向に大きく広がる可能性がある」点が基礎研究の面白さだと私は考えます。結果に辿り着くまでに不安になったり、何千回という失敗を繰り返すこともあるのですが、失敗して落ち込んでいる時間は勿体ないです。私はもともと獣医系の学部出身で動物のウイルスや遺伝子治療をテーマに、野生動物や特にコウモリが持っているコロナウイルスについて研究していましたが、このコウモリのコロナウイルスの培養に取り組んだときは何回も失敗を繰り返したのです。
コウモリのコロナウイルスは培養が非常に難しく、遺伝子レベルでは存在するのがわかるのですが、それを細胞で増やすことがなかなか出来ず、他で成功したという報告もほとんど聞いたことがありませんでした。しかし諦めずに培養条件を詳しく調べていく中で、ようやく培養に成功することができました。もちろん嬉しかったし、成功してみると、実験の過程で「変だな」と引っかかっていたことが「そういうことだったのか」と腑に落ちることもありました。
ボルナウイルスは、以前から自分のテーマでもある遺伝子治療にも使えて応用が効くという点、人間だけでなく動物にも感染する点、そしてまだ未知な点が多くある点に面白さを感じています。現在はボルナウイルスの表面のタンパク質と結合するレセプターを探す研究をしています。新型コロナのように動物を介して人に感染するウイルスのことを幅広く知り、次に注目すべきウイルスの予測など何らかの形で社会の役に立つような研究がしたいと考えています。
基礎研究は、企業の研究所とは違ってすぐに結果を目指したり金銭を生み出すものではなく、ひたすら自分の興味のある方向に向かって黙々と突き進んでいくものです。自分は黙々と作業をするのが好きなのと、失敗してもあまり落ち込まない性格なので、研究という仕事には向いてる方なのかなと思います。ひとつの研究が終わったらまたそれに関連したことや別の興味が出てくるから、ある意味では「終わり」というものがありません。でもやり続けていたら、いつか新しい場所や予想外の場所に辿り着くかもしれないです。
これが基礎研究の魅力で、私が基礎研究をやめられない理由です。