京都大学ウイルス・再生医科学研究所朝長研究室Tomonaga Laboratory

研究内容

はじめに

「ウイルスを知り、生命を探る」
すべてのウイルスは感染した生物の仕組みを巧みに利用することで増殖と伝播を繰り返しています。すなわち、ウイルスを知ることは、その病原性や生存戦略だけではなく、生命機能そのものを明らかにすることにもつながります。一方、地球上すべての生物に感染しているウイルスは、私たちの進化に欠かせないパートナーだったと考えられています。生命進化におけるウイルス感染の役割を知ることは、ウイルスが存在する本来の意義を明らかにしてくれます。 私たちの研究目標は、「ウイルスを知り、生命を探る」ことです。

ボルナウイルス

現在の主な研究対象は、RNAを遺伝情報に持つボルナウイルスです。ボルナウイルスは一本鎖マイナス鎖のRNAをゲノムに持つモノネガウイルス目に属するウイルスです。ボルナウイルスは神経組織に感染することが知られており、自然感染した動物はさまざまな神経疾患を誘発します。哺乳類に感染するボルナ病ウイルスはウマやヒツジに脳脊髄炎を引き起こします。近年、中米産のリスから人に致死性脳炎を起こすボルナウイルスが発見され、人獣共通感染症としても注目を浴びています。一方、鳥類に感染するボルナウイルスも見つかっており、難治性の消耗性神経疾患を起こすことがわかっています。ボルナウイルスは、他のウイルスには見られない面白いウイルス学的性状を数多く持っています。細胞核での持続感染や宿主ゲノムへの内在化など、ウイルスの本質を探る研究対象としてボルナウイルスへの科学的興味が尽きることはありません。 以下に、現在の研究テーマについて概要を紹介します。

Ⅰ. ボルナウイルスの感染と増殖

ボルナウイルスは細胞核で持続感染します。これは、RNAウイルスとしてはきわめて特殊な感染様式です。私たちは、ボルナウイルスの持続感染と増殖のメカニズムについて宿主因子との相互作用を明らかにすることで解明を試みています。これまでに、ボルナウイルスのゲノムRNAが宿主染色体に結合することや特定の核内タンパク質が複製や持続感染に関与していることを明らかにしてきました。ボルナウイルスの核内感染を解明することは、感染現象の多様性を知るだけではなく、ウイルスの宿主への適応戦略についての本質を明らかにできると考えています。

主な参考文献
1. Honda T et al., Upregulation of insulin-like growth factor binding protein 3 in astrocytes of transgenic mice that express Borna disease virus phosphoprotein. J Virol. 85: 4567-4571 (2011)
2. Matsumoto Y et al., Bornavirus closely associates and segregates with host chromosomes to ensure persistent intranuclear infection. Cell Host Microbe 11:492-503 (2012)
3. Makino A et al., Borna disease virus possesses an NF-κB inhibitory sequence in the nucleoprotein gene. Sci Rep. 5:8696 (2015)
4. Hirai Y et al., X-linked RNA-binding motif protein (RBMX) is required for the maintenance of Borna disease virus nuclear viral factories. J Gen Virol. 96:3198-3203 (2015)

II. 新興ボルナウイルスの病原性と宿主域

2008年以降、鳥類を中心に新興ボルナウイルスが数多く発見されました。また2015年には人に致死性脳炎を起こす新興ボルナウイルスも見つかっています。私たちは、組換えウイルス技術を用いて、新興ボルナウイルスの病原性と宿主域について解明を進めています。これまでに、新興ボルナウイルスが大きく3つのクレード(遺伝子型)に分けられること、そして一部の鳥由来ボルナウイルスでは哺乳類に感染する可能性があることを明らかにしました。また、ボルナウイルスが宿主域を超えるための分子メカニズムについても新しい発見をしています。新興ボルナウイルスの研究を通じて、ボルナウイルス進化の謎や人獣共通感染症としての危険性を明らかにしていきたいと考えています。

主な参考文献
1. Fujino K et al., Evolutionarily conserved interaction between the phosphoproteins and X proteins of bornaviruses from different vertebrate species. PLoS One 7:e51161 (2012)
2. Horie M et al., Detection of avian bornavirus 5 RNA in Eclectus roratus with feather picking disorder. Microbiol Immunol. 56:346-349 (2012)
3. Horie M et al., Isolation of avian bornaviruses from psittacine birds using QT6 quail cells in Japan. J Vet Med Sci 78:305-308 (2016)
4. Komorizono R et al., Sequence determination of a new parrot bornavirus-5 strain in Japan; implication of clade specific sequence diversity in the regions interacting with host factors. Microbiol Immunol 60:437-441 (2016)

Ⅲ. 内在性ボルナウイルス

内在性ウイルスとは、生物の遺伝情報であるゲノムに組み込まれたウイルス由来の遺伝配列のことです。人ではゲノムの10%近くが内在性ウイルスであることがわかっています。2010年、私たちは人をはじめ多くの哺乳動物のゲノムにボルナウイルスに由来する遺伝子配列が内在化していることを発見しました。人で見つかった内在性ボルナウイルスは、約4,500万年前に類人猿の共通祖先にボルナウイルスが感染した痕跡だとわかりました。それ以降、様々なRNAウイルスの内在化が数多くの動物に見つかっています。私たちは、宿主ゲノムに組み込まれた内在化ボルナウイルスの保存性や発現を解析するとともに、宿主細胞における機能を追究しています。これまでに、内在性ボルナウイルスから発現されたタンパク質やRNAがボルナウイルスの感染や増殖を抑制することを明らかにし、生物がウイルスゲノムを進化生存に利用してきた可能性を示しました。内在性ウイルスの研究は、ウイルスと宿主が互いに影響しあい進化を遂げる共進化のメカニズムを明らかにするだけではなく、生命進化におけるウイルスの存在意義に関しても多くの知見をもたらしてくれると考えています。

主な参考文献
1. Horie M et al., Endogenous non-retroviral RNA virus elements in mammalian genomes. Nature 463:84-87 (2010)
2. Horie M et al., Comprehensive analysis of bornavirus-like elements in eukaryote genomes. Philos Trans R Soc Lond-B Biol Sci. 368:20120499. (2013)
3. Fujino K et al., Inhibition of Borna disease virus replication by an endogenous bornavirus-like element in the ground squirrel genome. Proc Natl Acad Sci USA. 111:13175-13180 (2014)
4. Parrish NF et al., piRNA derived from ancient viral processed pseudogenes as transgenerational sequence-specific immune memory in mammals. RNA 21:1691-1703 (2015)
5. Sofuku K et al., Transcription profiling demonstrates epigenetic control of non-retroviral RNA virus-derived elements in the human genome. Cell Rep. 12:1548-1554 (2015)
6. Horie M et al., An RNA-dependent RNA polymerase gene in bat genomes derived from an ancient RNA virus. Sci Rep 6:25873 (2016)

IV. ボルナウイルスのベクターの開発

ボルナウイルスはRNAウイルスの中で唯一、細胞核で持続感染します。このボルナウイルスの特長を利用することで、標的臓器や細胞において持続的にタンパク質や低分子RNAを発現できるウイルスベクターの開発が可能となります。私たちは組換えボルナウイルス技術を応用して、核内で長期間安全に外来遺伝子を発現するボルナウイルスベクターを開発しました(国内特許5299879, 外国特許[米国US9365865, 欧州241588]。ボルナウイルスベクターは脳神経細胞への遺伝子導入に有用であることに加え、iPS細胞をはじめ様々な幹細胞にも適用できることが私たちの研究から示されました。私たちが開発したボルナウイルスベクターは、脳疾患の遺伝子治療や幹細胞を用いた再生医療に利用できる可能性があります。現在はボルナウイルスベクターの実用化を目指した研究開発を進めています。

主な参考文献
1. Daito T et al., A novel Borna disease virus vector system that stably expresses foreign proteins from an intercistronic noncoding region. J Virol. 85: 12170-12178 (2011)
2. Kojima S et al., Heat stress is a potent stimulus for enhancing rescue efficiency of recombinant Borna disease virus. Microbiol Immunol. 58:636-642 (2014)
3. Ikeda Y et al., A novel intranuclear RNA vector system for long-term stem cell modification. Gene Ther 23:256-262 (2016)
4. Honda T et al., Long-term expression of miRNA for RNA interference using a novel vector system based on a negative-strand RNA virus. Sci Rep 6:26154 (2016)



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